旧約聖書に登場する「バベルの塔」のエピソードについて、皆様も一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。あらすじを書くまでも無いかもしれませんが、天にも届く塔を建てようとする人間の思い上がりに怒った神が、それまで人々の用いていた共通語をばらばらの言葉に分けてしまった結果、統制が効かなくなった大事業はあえなく失敗に終わってしまう、という物語でした。
このような寓話は往々にして深い示唆を含むものであり、話は飛んでシステム開発における方法論の古典として知られる書籍『人月の神話』の中でも、人と人との共同作業においてコミュニケーションの良し悪しが最終的な成果をも左右する喩えとして取り上げられています。グローバル化が進み、多国間・多文化間でのプロジェクト組成が決して珍しくない今日、むしろその指摘は一層現実的な意味を持つものになっているといえるでしょう。
さて、筆者はグローバル規模の基幹システム導入プロジェクトにて、会計業務領域を担当する日本チームの一員として要件定義に携わった経験を持っています。世界各地の異なる文化圏からメンバーが参画し、英語を用いた議論が行われるプロジェクトの現場。日本固有の要件やその前提となる複雑な法制度・商習慣を正しく伝えるにあたっては単に言語の障壁があるだけでなく、同じ日本人同士では意識せずとも通じる「当たり前」が共有できないこともしばしばで、神話の世界ほどではないにしても、メンバー間での大小の行き違いにたびたび直面しました。
それでも試行錯誤を重ねるうち、ある種の伝え方の工夫に対しては手ごたえを感じる瞬間がありました。今回はそれらのうち幾つかを、利用場面を問わない一般的な形に置き換えてご紹介します。なお、本稿では特定の事実や概念を誤解なく伝達することを目的としたコミュニケーションを念頭に置いており、いわゆる交渉術・説得術の類は考慮から外れる点に留意いただければと思います。
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